2012年06月10日

迷走録覚書019 檸檬

 加藤周一は「文学の概念」のなかで、経験の具体性を抽象化し分類することで法則の定立を図る科学的経験と、経験をその具体性のままに一回性のものとして強調する文学的経験とについて、「文学の表現する経験は、科学の扱う対象から、概念上、はっきりと区別することができる」「……文学的経験を……その中間の日常的経験から区別することは困難だということになる」と述べている。主題は「文学・文学的経験」にあり、その識別が、概念上は(言葉の上では)容易だが、日常生活の上では(現実においては)困難だというのは、「文学(的側面)」は見失われやすいものだということであろう。もとより「科学(的側面)」は見失われない。それは「法則性」を追求するものである以上、次の機会や他人の場合にも活用できるからである。それに対して、法則化を拒むが故に実用性がなく役に立たない「文学」は見失われやすい。しかしながら、「まさに科学が成り立たぬところにおいて、文学が成り立つのである」。
 研修医として大戦末期の東京にあった筆者は、たぶん、戦闘のテクノロジーと救済のテクノロジーをともに高度に追求しつつある人間知の、その矛盾に直面した。これは賢い人間と愚かな人間がいるというようなことではない。人間の知性には、背反する二面性があるということだ。だとすれば、いかに合理的に考えても、人間はいずれ過ちを避けられないということかも知れない。独りあることの中には、頽廃・破滅への可能性が胚胎している。「科学」が邪悪なのではない。「他者」を拒絶して独りあることに危機があるのである。
 我々には「他者」が必要だ。筆者は「文学」に転身する。それは、物理学が独りあることの危機を、核の脅威として知らしめられたアインシュタインが、哲学者ラッセルに連帯を呼びかけた意味に通じるだろう。我々の合理的な知性と生活の「他者」としてある「文学」あるいは広く「芸術」を見失うことは恐ろしいということだ。
 サルトルが、アフリカの飢餓を前にして文学に何ができるかと問うたとき、彼は、以上のような意味での文学を見失っていたかも知れない。合理性を過度に追求すれば、いずれ「私」の存在理由などなくなる。有意味なもの、役立つことだけを尊重するなら、人間は、単なる生命体にすぎまい。「私」を「私」として成り立たせているのは、生存に必要な諸条件ではなく、生命活動には必ずしも寄与しない余計事の集積だ。だから、人間存在の合理性が過剰に強いられるとき、人は自分を「人間」につなぎとめようとして、例えば文学を希求する。文学は、何かの役に立つというようなものではない。人間としてあることを否定されつつあるとき、一篇の詩が、彼を人間につなぎとめる。1945年1月23日、破壊されつくされたベルリンで、しかしフルトヴェングラーはタクトを振り、聴衆は瓦礫を踏み越えて参集する。梶井は寺町通りで一顆の檸檬を買う。呑気な話ではない。文学や芸術を侮る「賢い」人間は、人間としてあることの切実さを知らないということだ。努々己の合理的な思考なぞに自信をもってはならないのである。



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迷走録覚書017

古民家

 巨視的にみれば、他のあらゆる有機物、無機物と同じく、人間もまた自然の一部である。ミツバチがつくる美しい六角形の巣も、人間が建設する高層マンションも、いずれも自然現象の一環という意味で等価である。つまりいかなる「自然破壊」も、実は「自然現象」と呼ばれなければならないという逆説があるわけだ。
 従って「自然保護」という命題には危うさがつきまとう。人間に、本来自らを包摂する自然から自立し、しかのみならず自然を対象化する特権的地位を幻想している点で、「自然保護」も「自然破壊」もかわるところはないはずだからである。生態系を守れという「エコ」の思想も同じことだ。生態系が持続する過程では、たとえばある種が興り他の種が滅びるということもあるであろう。にもかかわらず、そこからは、人間という種の消失の可能性は排除されている。
 山から切り出した木の姿そのままであるような、直線のない、ねじれ曲がり歪んだ不揃いの材を組み束ねて建ちあげられた古民家の内部では、まずその梁と柱の存在感に圧倒される。我々はこのような、きわめて複雑精妙な自然の内部の存在であったことを思い出す。ねじれも曲がりも歪みも、実はそれこそが存在そのもののありように他ならず、それをねじれ曲がり歪んでいると見る我々の眼差しこそが、かつて自然と一如にあった人間に、文明の「進捗」の過程で生じたねじれ曲がり歪みであることを思わせる。そして古い時代の人々の謙譲を知るのである。

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迷走録覚書018

伝統

 自由な存在である人間には、その行動を選択するための規範が必要だ。かつてその規範は神の超越性によって、つまり神学的な倫理として、絶対的な地位を与えられ、かつ共有されていたが、神の存在が不確かとなった近代においては「理性」と「良識」が、その代替として君臨することとなった。そして神学的信仰という迷妄から解き放たれた近代人こそが、合理的に正しい道を、個々に歩みつつあると信じられてきたというわけだ。
 その正しさは、合理的に正しいという自負のために、躊躇する余地を許さない。合理的な正しさは、その正しさ故に、自らを省みることがない。しかし、我々と世界の存在の偶然性が、非合理を本質として語る以上、かかる正しさは、我々と世界との実存を疎外せずにはすまないであろう。
 倫理が分裂し、規範が消失しつつある現代において、それを回復する契機となるものは何だろう。それは必ず求められねばならないものと思われる。なぜなら神なき時代の社会学が、その回復を図り損ねるとき、我々の社会に出現するのは「専制君主」か、あるいはアナーキーしかないと考えられるからである。
 伝統。個を超越する智慧の集積と継承。そのような価値を、今ここに不意に現れた個人の一過性の知性によって否定できると考えること自体おこがましいと言われねばならぬ。ひと一人の合理的知性など、たかが知れている。歴史を生きた無数の人々を、愚昧とし断絶するとは、思い上がりも甚だしい。伝統をノスタルジヤと直ちに結びつけるのではなく、そこに我々の現代を相対化し、我々の現実の規範を照射する無限遠点を見出す必要性が問われている。


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2012年03月27日

3.11古民家セミナー 報告

2012.3.11 鎌倉某所において開催された古民家セミナーについてご報告いたします。諸般の事情あって広くは告知できませんでしたこと、ご了解いただきたく存じます。以下は、セミナー主催者に提出した報告書の抜粋です。意義をおくみとりいただければ幸いです。
なおこのブログはさまざまなシステム上の不如意があり、近々閉じることになるやも知れません。お読みの諸君に、ミウラのアドレスをご存じない方がいらっしゃいましたら、必要に応じて(必要なくともかまいませんが)下記にご連絡ください。「迷走録」再開の際、あるいは公開講座などあるとき、お知らせいたします。
miuramiuraの後アットマークr3ドットdionドットneドットjp
taketook3の後アットマークジーメイルドットコム


所謂「3.11」を契機に、これまでの「知」のあり方について考えざるをえなくなったわけですが、そのような問題意識は、青年にこそ主体化してもらわなければなりません。学生の組織化を委嘱された「取りまとめ役」としては、奇しくも「3.11」開催となった今回のセミナーを、そのための契機としても位置づけることになりました。そしてそれは、思いがけない水準で達成されたというのが、まず率直な総括であります。以下、セミナー後の学生との対話を通して了解しえたことを簡単に要約・披歴して「報告」といたします。


古民家を智慧や伝統の集積と継承の空間とみるとき、それは個々の人間をはるかに超越する何かである。「個」を超越すればこそ、それは現代の「倫理」の、言い換えれば、「有無を言わさぬ行動の規範」の起源になりうることを予感させる。


「3.11」以降、我々に突き付けられたのは、近代の合理的知性というものの危うさかと思われる。合理的知性は矛盾を拒絶する合・理性に基づくために自らの正当性を強調してきたが、そもそも人間とこの世との本質が偶然性という非合理に他ならないといえる以上、合理性は、矛盾を含まぬが故にこの世の実存と矛盾せずにはいない。そこで自らの知性を過信しない謙譲が求められることになる。それは伝統を継承して恥じないという「無私」の精神であり、それが智慧であると考える。


もっとも、伝統の単なる継承は怠惰に違いない。もとよりこれまで都市の人間は、伝統という文明を新たな文明によって葬ってきた。ところがその限界と危機があらためて露呈した。伝統は現代において止揚統合されねばならない。そしてさらに高次の文明が創造されねばならない。古民家の移築→保存にはその象徴が見出される。


おおむね以上のような方向性が、学生諸君との雑談のなかで得られました。上記のような議論の質は「取りまとめ役」としても望外のことでありました。それみな、「3.11」という意味の大きさと、そして何よりご講義ご案内の内容の豊かさに由来することは明白ですが、それに加えて、やはり青年は信頼するに足る存在だというのが、報告者の結論であります。
具体的には、古民家二軒の内部の観覧のあと、「仕口」を集中的に見聞させていただけたことが、効果をより増幅したように感じます。職人の仕事の手触りに、直に身体的に同化するかのような「歴史体験」は、なかなか得難いものでした。さらに、第二部の蓄音機による音楽鑑賞も有効でした。今日の文化は音楽を含めて、同時代性に水平に拡大しようとする合理性の下に展開します。しかし、蓄音機によって空間を満たした音楽は、過去を尊敬し、自らを空しくしてそれを後世に継承しようとした無私の演奏でありました。さらに、すべて現代テクノロジーが、その作用の過程が見えないという意味でブラック・ボックス化しているなかで、古民家と蓄音機はその成り立ちが可視的であることもありました。それらはかかる面でも人間を疎外しないわけです。
少々理屈っぽくなりましたが、このあたりが「その後」の議論の偽らざるところ、なるべく損なわずに述べさせていただきました。
最後に、有為の学生諸君にかかる機会を拓いていただいた御恩に御礼申し上げます。ありがとう存じました。

                                          三浦 武


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2011年10月03日

2011特別講義のご案内

早稲田大学で講義いたします。
アジア・セミナー アジアにおける日本の若者の可能性(仮題)
2011年10月21日金曜日
16:20〜17:50
於 早稲田大学本部キャンパス26号館(正門前) 地下多目的教室

本企画は、早稲田大学アジア研究機構の主催によるものです。
内容はおおむね文化論になるだろうと思います。つまり、我田引水というこれまでの手法の踏襲であります。予めお詫びいたします。

私の話はともかく、同窓会気分でお越しいただければ幸いです。
                              三浦 拝




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2010年04月17日

迷走録覚書016

再び、理不尽の理
 モンマルトルかどこかの大きな寺院の階段では、アフリカ系の移民たちが敷物を広げ、盛んに商売をしていたが、それはどうやら違法らしく、警官が近付くと、さっさと荷物をまとめ、階段上部に退避する。警官は階段を四五段ばかりあがって、つまり彼らが商いをしていた現場までやってきて、上に逃げた連中を指差して厳しい視線を投げている。が、捕り物は起こらず、やがて警官は去り、逃げた連中も元の位置に帰って、相変わらずの商売が始まるのである。
 法的正義は必ずしも徹底されない。合理主義は貫徹されればいいというものではない。その正当性を盾に一切を裁断すれば、生きる術を失った、市民社会から疎外された人々は、「最後の手段」に訴える他なくなるかもしれない。それは最悪のアナーキーを招来せずにいないであろう。ならば、一定の制御を前提に、どこか曖昧さを確保するというのは、現状への正確な認識に立った知恵だ。
 思えば地下鉄の掏りの少女たちも、パリの市民によって、その存在を「承認」されていた。彼女たちもまた「漂泊の民」だ。それが旅行者の懐を狙う。が、それが旅行者の懐である限り、事態は最悪ではない。そこにあるのは、旅行のための経費であり、生きるために不可欠の財産ではないからである。
 無論、移民にしても「漂泊の民」にしても、合法的な職に就いて生活できる社会の構築が求められるであろうが、市民社会の一元的な価値観で全てが割り切られれば丸く収まるというものでもなく、必ずその原理に疎外される部分が生じずにいない以上、そこに配慮した理不尽さが、その社会の秩序を保つためには有効なこともあるということだ。
 肉体を欠いた観念論者にはわかりにくいことであろう。

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迷走録覚書015

理不尽の理
 男性の社会的実現だけを礼賛し、女性を家に拘束する家父長制度は、乗り越えられるべき歴史の桎梏であった。そこに異存はない。が、そのような制度が持続してきたことには何らかの意味もあるであろう。女性が家庭に疎外され、家事と育児に拘束されるのは、今日の民主的平等主義的社会観に矛盾する。故に、雇用機会の均等を義務づける法制度等を整備してきたわけであるが、そのような旧制度への非難と決別が、同時に、それまで女性が担わされてきた家事と育児という労働の意義をも蔑むかのような傾向を結果しているとすれば、問題はそう単純ではなかったということになるのではないか。
 家事と育児が蔑まれる、あるいは少なくとも重んじられなくなるというのは、それが単に貨幣経済下の合理性を伴わないからであろう。しかし、その労働は、生命に直に関わる点で、他のあらゆる労働にまして尊いものであるかも知れぬ。その尊さの故に、担うべき者がなくてはならず、因襲による強制の下で、女がそれに従事させられてきたのではないか。だとすれば、家父長制度を脱却し、女性を解放する過程で、女性疎外の理不尽によって維持されてきた家事育児の制度を保障する新たな型を用意せねばならなかったというわけだ。
 合理主義は、その正当性への自信のために、しばしば知恵を失うもののように思われる。かつて農業等の一次産業を蔑み荒廃させた過誤が、また繰り返されたというべきかも知れない。

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2010年04月13日

迷走録覚書014

オタク
 一事に通じている、その程度の尋常でない人を指して「オタク」というのだろうか。そうだとすれば、自分の人生にちょっと肩入れしているお方は、たぶん皆「オタク」なってしまう。そもそも「オタク」という人称代名詞に含意された意味合いを捉えていないように思われる。
 「オタク」はそもそも主婦たちが相互に呼び合う時の、二人称であったのではないか。しかも都市に流入してきた、地縁血縁による共同性を欠いた新たな市民層が、階層化された人間関係の事前認識がない状態で、つまり敬語法の成立し難いところで、敬語的な礼法を崩さぬために開発された人称代名詞ではないかと思われる。いわば、相互の断絶の上に、互いの個を承認しつつ交流するための言葉だ。
 無論、今「オタク」と呼び合う人たちは、それだけでは定義されない。さらなる疎外の進行がその背後に窺われるようだ。都市における孤独という名の疎外を越えて、既成の世界本体からさえ疎外されつつあるという思いを潜在させた人々が、その世界に匹敵する世界を自らの側に作り上げ自らを定位する。それが、既成の世界に匹敵する世界でなければならぬ以上、その世界は際限のない広がりと同時に緻密さをももたねばなるまい。マニアックな知とひきこもりはその帰結である。

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迷走録覚書013

頑固親父
 自分は自由であるという感覚は、多くの場合、錯誤の上に成り立っている。自分が無自覚のまま服従しつつある制度への認識の欠落が、自由を感じさせているにすぎまい。自由であるためには、まず、自分が如何なる制度に服しつつあるかを知ること、そしてそれに拮抗することで、はじめて人は主体的だと言われるだろう。
 制度は自分を否定する非自己である。かかる否定に抗ってそれを内的に統合しつつ乗り越えたとき、我々は自律に到る。自分を肯定する環境のなかで、自分と同様の価値観をもつ人たちに囲まれて、彼はどんな内的成長もなく、ただ自己肯定を確信しつつ生きる。やはり彼に必要なのは、自分を否定する他者だということになるのではないか。
 かくして頑固親父はその存在理由を獲得する。我々はそれに対峙することを通して、自己の形成を図るから、やがて社会に独り出て、自律した原動をなし得る人となるのであろう。
 自由とは、そこに「ある」ものではない。格闘である。

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迷走録覚書012

はじめてのおつかい
 少年時歳の夏の飲み物はカルピスであった。ビール瓶のようなやつに原液が入っていて、それをコップに少々いれ、冷たい水で割って飲む。それは家族の飲み物であった。初恋の味というコピーであったが、そのような個人的なものではなかったように思う。
 一方コカコーラは、腰のくびれた小さな瓶の栓を抜いてそのまま飲む。まさしく独りの飲み物であった。歳の離れた我が兄は、そんな風にグイっとラッパ飲みしていた。小児の私は憧れたものである。
 やがてコカコーラにホームサイズというのが現れて、これは当時としては随分量の多い五百ccを容量とし、くびれも少なく、つまり個人が独り瓶から飲むということを前提しない、カルピスと同様、家族向きのものとして売り出された。私も晴れてコーラの愛飲者となったわけだ。しかし、憧れていたものを実現したわけではなかった。
 当時「財布」は家庭に一つであった。つまり母親が家族全体の消費活動を集約的に担ってスーパーマーケットにでかけていた。カルピスやホームサイズはその象徴であるかも知れない。しかし今や「財布」は家族を構成する個々がそれぞれ持っている。人々は各自が自分一人の消費を前提に、そのときだけの消費のために、例えば自動販売機やコンビニエンス・ストアで清涼飲料水を購入している。だとすれば、アメリカでははるかに昔、そのような清涼飲料水の文化があったということになる。そして私の憧れは、孤独や自立というものに対して向けられていたのかもしれない。
 資本主義経済は拡大再生産を基調とする限り、市場の絶えざる拡大を図らねばならない。そしてその版図の拡張が限界に到るとき、自らの内部に拡張の術を見出したのではないか。それはいわば消費単位の個別化である。消費行動に直接関与する個の数が増えれば、総体において、消費量はあがるであろう。かくして、家族の構成員はアトム化され、年端もいかぬ幼児が、おこづかいはおろか貯金通帳まで与えられて、消費主体たることを賛美されることにもなったというのは、果たして考えすぎであるか。


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迷走録覚書011

マルクス以後
 私はマルクス主義者ではない。これはマルクスの言葉だ。「主義者」がある一つの既存のイデオロギーに忠実であるべき立場を貫徹するものであるとすれば、マルクス主義者は、かのマルクスが語り、書きのこしたところに忠実に従うであろう。
 ところで、そのマルクスは、一体いかなるイデオロギーに服していたのであるか。おそらく彼は、あらゆる先入見から自らを解放し、ただ商品と貨幣などを凝視することを「信条」としたのであって、つまり、所謂「主義者」からは、最も遠い地点に立とうとしたのではないか。
 マルクスは自由であることを欲した。自由とは、あらゆる拘束から自らを解き放つ努力だ。自ら自由だと感じるものは、たいてい、自分が何に服従しつつあるかについて無自覚であるのにすぎまい。何者かに服従し、自由を失っている己を発見する努力は、おそらく難事である。それはついに遂げられぬことかも知れない。しかし、だからといって、そのような服従に無自覚であることは正当化されまい。マルクスはマルクス主義者から最も遠い存在であったかもしれないわけである。
 

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迷走録覚書010

ダーウィン以後
 形状の異なる甲羅を負う二匹の亀がいるとき、それらを「差異」と捉えるならば、それは、世界には様々な存在があるのだという「多様性」の認識を結果するであろう。それに対して、その「差異」を、単なる「差異」ではなく「変化」と捉えるならば、それは、世界の多様な存在の一元化に向かうことになるのではないか。「変化」である以上、そこには「前後」があり、「前後」は「進歩」の遅速に他ならず、多様な存在は、その遅速の「序列」に応じて、一本の尺度の下におかれるからことになるからである。
 かつて西欧世界では、神はすべての種の祖先を番で創造された。しかしながら今日、すべての種は、ある一つの起源を共有している。今日の種の多様性は、かかる一元的起源からの系統発生の結果だ。そしてその認識を存在一般に適用するとき、異文化は、自文化との「差異」を語るにとどまらず、むしろ「変化」を示唆し、各々は「序列」化され、「進歩」と「遅滞」として価値付けられ、一方は他方に差別化されることになる。そのとき、植民地支配は正当化され、異文化に対する啓蒙主義的支配が、まさしく善意の所為となったのである。


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2010年04月10日

迷走録覚書009

柿食へば鐘がなるなり
 パリ滞在中の宿は、セーヌ川の河畔にあり、川向こう左手にはルーブルが、右にはノートルダムが眺められた。そのあいだもまた数世代に渡って存在し続けている建築であろう。さらに宿の裏手にはアルチュール・ランボオが暮らしたアパルトマン、つまり私はランボオと同じ風景を眺めつつ同じ石を踏んで散策している……などと感慨に耽っていたわけである。季節のものを取って口にする当り前の生活に、幾世紀を隔てて浸透してくるものがる。
 自分がいま市民としてここにあることの根拠や経緯が視覚化されている。街並みだけではない。私の知人の住居は十七世紀の建築であったし、ある建物の内部に入れば、ロベスピエールの肉筆やマリー・アントワネットが処刑直前まで過ごした部屋などというものもある。そこでは個を超越した何かが実感されるようであった。旅行者である私でさえそんな気がしたわけだ。パリ市民においてはほとんどに肉化されているのではないかと思う。かかるアイデンティティの根拠が判然としていることが、彼らの自律を支え、変化を制御する力学にもなるのではないか。それに対して、過去と断たれた者たちは、その共同性も一々拵えあげねばならず、経済的収益に象徴される個の利益にしか価値を見出せないようにもみえる。パリ礼讃。ご容赦ください。以上は、パリで世話になった方々への礼状を兼ねています。
 
 

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迷走録覚書008

オルセー
 オルセーでもオランジェリーでも、画集等で少年時代から馴染みになっているような絵画が、むき出しで、息のかかる場所に展示されているのには感激した。絵の細部がよく見えるというようなことは言わぬ。セザンヌの手の動き、その身体が、感じられるような気がし、それが如何にも尊い体験に思われたからである。
 今日のテクノロジーが実現しているコピー装置の性能は、たとえば絵画なら、ちょっと離れて観る者には、最早、それがオリジナルであるかコピーであるか識別できぬような高度な水準にあるそうだ。とすれば、私どもはその鑑賞にあたって、それがホンモノであることを求める必要等ない。コピーで充分なのであって、ホンモノであることを殊更に重んじるのは偏屈なフェティシズムの一種に他ならない。
 まことにその通りである。しかしそこでは「鑑賞」の意義が、間違えられているか、もしくは専門家のそれのみしか考慮されていない。少なくとも私は、名画の美学的鑑賞のためにのみ美術館に出かけるわけではないのである。ゴッホがかつてこの絵を、己の狂気と闘いながら描いた、その痕跡が現れ、そしてそのとき正にこの絵のすぐ前にゴッホが立っていたという身体的空間的同一化というようなことが、何より大事だ。何十年何百年の時間的隔絶を瞬間的に超越する幻想、その興奮を体験しにいくのである。よって、絵はなるべくホンモノであって欲しいし、なるべく近接しうる展示をして欲しいのである。
 贋物をホンモノとして展示されていても気付かないではないかと、賢明なる皆様は仰せでしょうか。その通りである。ロマンティシズムをとるに足りない戯言と思う向きとは友達になれない人間なのだ。笑わば笑えというだけである。


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迷走録覚書007

ソルボンヌ
 人生における達成とか成功、あるいは自己実現とは何であるか。それは定式化し得ない、個別的主観的なものであろう。そしてそれはつまり、曖昧なものだということになる。その曖昧さを観念的に克服しようとすると、たとえば数量化し得る尺度のような客観性を求めてしまう。経済的な指標がその典型であるか。
 人々の人生が経済合理主義化しているとすれば、それは以上のような事情に由来するのではないかと思う。人生における何らかの成功は、経済的な達成によって証明される。だとすれば、例えば名門大学を出たエリートは、その対価として、裕福な暮らしをせねばならないわけである。
 フランスでは、年少の段階で、青年期に享受する勉強の機会が、一定の柔軟性をもちつつも決定されるそうだ。いわゆる最高学府としての大学に進む層、職業的技能を修得するための学校にいく層、というように。しかし、「選ばれた」青年たちが、「選ばれた」が故に経済的に恵まれねばならないということには、必ずしもならないらしい。
 大学に行くということが、エゴイズムとはかかわりのない、むしろその対極にある社会的責務を負うということを意味するとすれば、それも理解できる話である。社会的責務をより多く負う者には、相応の報酬があってしかるべきであるというのは、尤もなことに違いない。しかし、それは、エリートとして生きる人生を選択する「目的」にはならないのである。


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2010年03月30日

迷走録覚書006

エッフェル

 エッフェル塔には外部がない。建築が空間に内外の分節を作り出す営みだとすれば、エッフェルはそれを踏襲していないからだ。おそらくはそのために、それは空間に屹立する鋼鉄製の物体というよりは、大気中の一現象のように見える。エッフェルは「物」ではなく「運動」なのである。
 「運動」はエッフェルそれ自体においてもある。エレヴェータによる上昇である。そもそもエッフェル塔はエレヴェータという、高層に到達するための手段が自己目的化した、近代的フェティシズムの体現である。エッフェル塔のエレヴェータは三段階ある展望台に達するための付属物なのではない。順序が逆だ。巨大なエレヴェータを拵えたから、そこに降りるべき場所を用意したに過ぎまい。
 そしてその上昇運動は、登攀ではなく飛行であり、連続ではなく逸脱である。人はエッフェル塔のエレヴェータに乗り、地上からの遊離。日常からの離脱を体験する。その浮遊の感覚は自らが大気に融合しつつその一現象になるかのような自己喪失に近いものであるかも知れない。

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迷走録覚書005

芸術の都
 
 あの街ではまず地下鉄がおもしろいよ、みたいなことを複数の友人から言われてパリにやって来た。何事にも素直が身上の私は早速カルネという回数券を買い込んで、この、ある時代の世界の富をすべて集中させたかのように、巨大でしかも見事な装飾を施した石造の建築を連ねる大都市の地下を縦横に走り回るメトロに潜りこんだ。そして直ちにその「おもしろい」という、おそらくは幾つかある中の一つの根拠に遭遇したのである。
 最初に乗り込んだ車両では、ウクレレか何かをかき鳴らす男のかすれ声が哀切なメロディを歌いはじめた。私はその歌を背中に聴いて微笑を禁じえなかった。こうして公共という場を弁えぬ御仁には、市民的伝統の先端を生きるパリの人々の非難に満ちた視線が刺しているであろう。にもかかわらず自分の感傷を貫く男に幾許の同情を伴う憐憫を覚えたからである。いやひょっとすると黙認では済まないのかもしれない。そう考えるとちょっと気持ちが暗くもなった。ところが乗客の面々は、それらは多民族的多様性の混沌であったが、皆嫌悪も非難も含まぬ淡々たる表情なのである。
 やがて歌が止むと、男は「ボンジュール!マドモアゼル!」などと繰り返しつつ、私の背後に迫った。おそらくは自己の芸術的営為に対してささやかな報いを期待したのであろう。やがて彼は私の位置に達し、「ボンジュール、ムッシュウ!」と来た。見ればあまり身綺麗とは言いかねる冴えない中年男である。ウクレレも塗装が剥げて、かえってこの誇り高き芸術家の生きる最後の手段としての重さを感じさせるかのようだ。私は彼の差し出す紙コップに小さなコインを落とした。実はなかなかいい歌いぶりであったし、何よりその突き出されたコップに怯んだのである。しかしそのコインは、芸術の享受者が私一人ではないことを示す、くぐもった金属音を立てたことだ。
 以後、アコーディオンで一車両全体をパリの晩にしてしまう男、太鼓を叩いて北アフリカの大地の風を起こす男と、様々な芸術家に遭遇した。居合わせたパリ市民は概ね冷淡ではあったが、そう嫌ってもいないようで、その存在が承認されている事は明らかなようであった。そして実はこの諸氏、実はかかる営業行為を当局より認可されていたのである。毎年更新されるライセンスというのがあるというのだ。公認の芸術活動の収益が紙コップにおいて実現するというのもおかしかったが、芸術の都の芸術的関心が、ルーヴル、オルセーといった偉大な「結果」のみでなく小さな「可能性」に及んでいることを知って感慨は大きかったことだ。
 私は滞在の数日間幾たびも地下鉄に乗っては彼らとの邂逅を待った。そんなある時、一人の少女に続いて乗り込むとその少女が私の行く手を塞いで立ち止り、後ろから乗り込む誰かに押され、行き場を失ってうろたえることがあった。空いた車両で不自然なことであった。気付くと向こうに立つパリジャンがやや微笑を含んで私のバッグあたりを見ている。目を落として見て助かった。横ざまから伸びた手がバッグのファスナーを下ろしつつあるではないか。鮮やかなものである。私はバッグを引き寄せ、見破られた手の主は、それは何と高校生くらいの女であったが、怒りもあからさまに降りて行った。と同時に私を前後で挟んでいた少女たちも素早く退散したのである。私は呆気にとられた。先のパリジャンは微笑したまま窓を向いた。これもパリでは当たり前の光景なのであろう。まさかライセンスは持っていまいが。

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迷走録覚書004

ボンジュール!

 この街では、信号はそれ自体義務ではなく、いわば権利としてあり、必ずしも道行く人を拘束しない。その故か、日本のそれと比べて随分目立たないし、青の時間も著しく短い。青に変わって直ちに横断歩道を歩き始めても、渡り終える前に赤に転じていることがしばしばであった。しかも、その赤と青の交代に伴う権利の移行を鮮明、円滑に実現するための黄色というものがないこともある。青と思って歩いていてもいつの間にか赤に転じてしまってその移行に気付かない。これはどうやら青になってから事を起こしたのでは遅いとさえ思われたことだ。
 つまり信号は公的な意思として最小限の発動であり、あとは市民同士よろしくやってくれという訳であろう。この街ではそのような気配が隅々に浸透しているようなのだ。観光地の強引な商いも、赤い風車あたりの風俗も、仮に違法性の容疑が成立するようなことだとしても、それを公的な権威による命令的な法規で取り締まり切るのではなく、むしろかなりの領域を曖昧にし、剰余は市民に委ねるということだろう。
 公的権力による市民生活への過剰な干渉介入を防ぎ、自らの生活を守るとはどういうことであるか。何かにつけて公的機関と権力に依頼し、すぐさまその不十分を非難しながら、自らの私的空間を守るということが、エゴイズムとならぬ形で実現しうるのか。
 法規自体は明瞭でなければなるまいが、その執行については少々曖昧であることが、法を健全に機能させる。無論、それには前提がある。法規以前に市民全体に何らかの倫理観や世界観が共有されていること。そのとき、いかなる逸脱も大事に至らず、大枠に収まるということになるということか。
東西に街を貫くセーヌとエッフェル、それにモンマルトルの頂に見えるサクレ・クール寺院。これらが視界にあれば、小路に惑うことはあっても大筋で自分を見失うことはない。パリは歩きやすい街なのである。
   さてそのパリは空間化された近代史である。今日の市民社会の形成史というべき数百年の時間が可視化されているこの街を生きる人々には、かかる歴史の共有が実感としてなされているのかも知れない。勿論人口の流動が激しく起こりつつあるなかでその共有も永遠ではないのであろう。しかし、あるいはそれだからこそ、少なくとも市民としての連帯や共同性の気配を失うまいとするかのように、彼らは絶えず挨拶の言葉を口にするのではないか。


posted by take3 at 16:33| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

迷走録覚書003

パリジェンヌ

 パリの街をゆく人々の光景で印象的なのは、背筋を伸ばしやや遠くに視線を投げて大股で颯爽と歩く若い女性であった。そこには、成長とは成熟であり自立であるという確信が窺われるように思われた。彼女たちは、たとえば恋愛を通して、大人へと自立していこうとする。恋愛が専ら自己自身の精神に由来し、従って自己の責に帰するものでしかない以上、それは当然であるのかも知れない。
 他方それに相対しているところの男性諸君は……むしろ退行しようとしているかのように見えたのは気のせいであろうか。こちらはひょっとしたら私どものありようにむしろ親しいのではないか。恋愛を通して、あるいはその中で小児のように振舞いかねない。大人ぶるのも二人の関係においてのみだとしたら、やはり、対社会的な位置における自律からは遠いところにあると言わざるを得ないのである。

posted by take3 at 16:31| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

迷走録覚書002

死刑制度・時効制度

 殺人を犯した人間が、その作り出した犠牲にも関わらず生き続けるというのは、認め難いことだという。全く同感である。故に死刑制度は不可欠である。しかし果たして直ちにそう結論できるだろうか。殺人者には死んで欲しいというのは「感覚」としてわかる。しかし「冤罪」の可能性が払拭されないとき、そしてそれは原理的に必ず残る可能性であるから、ほんのわずかな「回復」の可能性を永遠に消滅させる死刑だけは、罰則として容認できないということはいえないか。これは「感覚」ではない。「現実」であり「論理」である。いや、必ずしも死刑制度は不可能だというのではない。死刑制度の承認には、他ならぬ自分も含む無辜の民が誤認逮捕と誤審によって処刑されることもありうるという、万に一つもないような、ただしゼロではありえない可能性を承認していなければならないということだ。
 「感覚」はわかるが、しかしそれは個々の具体的事情に密着した多様性を宿命とする。だから、その超克のために、つまり共有可能性を公正に、というのは強要を伴わずに追求するために「論理的認識」の追求が語られるところとなった。「論理」は弱者の支えでもあるというのである。
 ところが「死刑」論議を主導しているのは「感覚」であるように思われる。それはやはり倒錯と言わざるをえないのではないか。
 「凶悪犯罪の時効廃止」も同様だ。なぜ「逃げ切る」ための制度があるのか。尤もだと思う。凶悪殺人者など永遠に許されるべきではない。ところで事件の数十年後、自分の前に刑事があらわれ、数十年前のアリバイを問うという事態、数十年前の己の無罪を根拠づける証拠をそろえねばならないという事態を想定した議論は、市民感覚の中にあるだろうか。
 犯罪者の追及は当然だが、無実の弱き市民を罪に陥れる過誤は、真犯人の逮捕と処罰に増して、あるいは、少なくとも同じに重視されるべき事柄であるということが忘失されているとすれば、一人の市民として甚だ不安である。

posted by take3 at 16:28| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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